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    <title>空手道誠真会</title>
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    <updated>2008-12-03T03:26:29Z</updated>
    <subtitle>空手道誠真会は、群馬県下の太田市、館林市、渋川市の各道場で、空手を通じて武士道を教えています</subtitle>
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    <title>１２月のお休み</title>
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    <published>2008-12-03T03:24:12Z</published>
    <updated>2008-12-03T03:26:29Z</updated>
    
    <summary>お休みのお知らせ</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://seishin-kai.com/">
        ６日・・・伊勢崎
２２日・・・大島・太田・館林（りんごはあります）
２５日・・・大島
        
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    <title>今なら訴えられるプロテイン！の巻</title>
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    <published>2008-10-29T14:47:27Z</published>
    <updated>2008-10-30T03:46:46Z</updated>
    
    <summary>館長日記空手編</summary>
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            <category term="館長日記　   空手編" />
    
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        今回はプロテイン愛好家によるプロテイン愛を語るだけの話です。

私は職業柄、サプリメントにはかなりうるさい。
細かったこともあり、体重増加や筋肉をつけるために
結構色々なアプローチをしてきた。
結論としては細型の人が体重を増やしたいなら絶対ウェイトトレーニングを
しなければならないと思う。
それ以外は食べても体重は増えない。増えても脂肪だろう。
ただしウェイトをしてもその後、効果的に筋力（結果として体重増加）を
つけるためには当たり前だがプロテインは欠かせない。
ここで簡単に話しておくとプロテインとは筋肉作りに必要不可欠な成分、
タンパク質だと思って下さい。
私も色々なプロテインを飲んできた。勿論今でも
プロテインを飲まなければ１日が終わらない。
（今回はプロテイン・プロテインうるさいですよ）
プロテインでお勧めはやはりＭＵＳＡＳＨＩですね。
高いですけど。
胃に負担がいかないし、吸収が早く、トレーニング後素晴らしいスピードで
筋肉作りをサポートしてくれることでしょう。
女性でダイエット目的ならＭＵＳＡＳＨＩのフアンをお勧めします。
これもいいです。
空手やってる我々ならＭＵＳＡＳＨＩのＢＣＡＡのニー、
アミノ酸のクアンの併用は欠かせないでしょうね。
高いですけど。
最近ではＨＡＬＥＯというのもいいです。
高いですけど。
安くていいのはないんかい、と言われれば無難にウィダーとかザバスも
いいと思います。


        ただ最近はジュニアプロテインも販売されており、
飲んでる子もいると思いますが、個人的には反対です。
小学生・中学生はしっかりとした食事から、しっかり噛んで栄養と
いうものを体に入れる必要があると思うからです。
よく噛んで食べ、お腹が満たせば
それ以外はまだ必要でないと思うのですが・・・。
プロテインは飲み物なので必要以上の量をとれてしまうし、その分内臓にも
負担がいきますから摂取には一応お気をつけ下さい。

話を戻します。
そんな私が、これまで飲んだ中で最強に不味かったプロテイソが
エッグプロテインというプロテインだ。（同じ名前でも美味いのもあります）
これは不味い！！！！
ほとんど拷問である。
匂いといい味といい、いうことがないランクの不味さだ。
不味い格付けＡＡＡだ。
農薬を飲んでいるような感じで不味くて頭が痛くなる。
最初飲んだ時は脳梗塞にでもなったかと思った。
これを飲むくらいなら筋肉なんかいらん、と本気で思った。
そんなプロテイン初めてだ。
それでも我慢して毎日３回飲んでいたが、（そんなのに限って３kgもあるので
終わりゃしない）１ヶ月後とうとう我慢出来なくなり、
道場に『飲んだら危険！取扱い注意！』とそのプロテインの箱に
書いて置いておいた。
後輩達に美味いから飲んでみな、と言って飲ませようとしたが、
『すでに箱に危険て書いてあるじゃないですか！』
と言われ、なかなか飲んでもらえなかった。
たまに勇敢なる若者がいて飲もうと口に入れたら０．１秒後に吐き出した
こともあった。
今のこのご時世にあの味・匂いを知らずに飲んだら、
農薬が入ってる、ということで
クレームがいくと思う。
それに比べれば今のプロテインは美味しいものばかりだ。
ココア・ストロベリー・バニラetc・・・。
プロテイン天国とはこのことだ。

しかし、
最近私はそれほどプロテインを飲んでいない！
飲みすぎると体に悪い年齢になってきたからだ。
人間、健康第一！
健康にはうるさい男、
健康の為なら死んでもいい男、の話でした。
　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　おしまい






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    <title>我が空手道part２　　　-稽古-</title>
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    <published>2008-10-29T14:34:04Z</published>
    <updated>2008-10-29T14:45:39Z</updated>
    
    <summary>館長日記空手編</summary>
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            <category term="館長日記　   空手編" />
    
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        ６月１０日、私は正式に入門した。
私は居場所がなく、道場野隅っこでフラフラしていると師範代が
声を掛けて下さった。
『今日は初めてだから、別で稽古を進めるから。』
とおっしゃり、また一人の道場生を呼んだ。
呼ばれた道場生は黄帯の松山（仮名）という人だった。
『松山、お前佐藤君に基本を教えてやれ。』
『押忍！！』
松山先輩は大声で返事をした。
私は最後列に並び、礼をした後、
松山先輩と一緒に道場の隅に移動し道場での決まり事や基本を教わった。
松山先輩は言った。
『師範代や先輩から何聞かれても押忍って言うんだよ。いいえって絶対
言わない事。佐藤君は帯も年齢も一番下だから言動には気を付けなよ。』
周りを見渡すと確かに２０代～４０代に見える方々ばかりだ。
松山先輩は続ける。
『いや～、君が入ってくれて良かった。１０代は俺だけだったから。』
聞けば１０代は松山先輩と私だけらしい。
勿論少年部などない。
この松山先輩という方は本当にいい先輩で、この先輩がいなかったら
私は今、空手をやっていないかもしれない。
私にとって文字通り兄貴分の方だったので、この先何かと
相談させてもらうことがあり、本当に助かった覚えがある。

松山先輩に一通り基本を教えてもらった後、私は途中から稽古に
合流した。
分からない動作ばかりで疲れたが、必死で頭に叩き込もうとした。
父からも叔父からも、自分で見て覚えなければ駄目だ、誰も教えては
くれないぞ、と言われていたためだ。
今の稽古体系ならこうはいかないが、当時は師範代が一度動き、後は
それを思い出しながら動く、といった感じで稽古が進められていた。
私は横にいる先輩を真似つつ動いた。

私はこうした稽古から入ったお陰で今の自分があると思っている。
子供はこうはいかないが、（年齢によるが）大人はこのような稽古の
方がいいと思う。
手取り足取り教えてもらうと見る力（動きのポイント等）が備わないと思うし、
想像力が失われると思っている。
賛否両論あると思うが、技は見て盗め、というのは自分の技術力を高める
良い手法だと感じる。

初回の稽古は何事もなく無事終えた。
無事終えたという言い方も変に聞こえるかもしれないが、当時は毎回が
緊張の連続だった。
一歩間違えば絶対大怪我をしそうな感がいつもあったのだ。

当時私は週３回稽古に通っていた。
入門してから私が毎日日課にしていたのが、
拳立て・腹筋・背筋・ジャンピングだった。
今みたいなやり方は知らなかったので、拳立て・腹筋・背筋は３００回、
ジャンピングは１００回、稽古がない時は夜に、ある時は稽古前にいつも
済ましていた。
叔父からダビングしてもらった１００人組手のビデオを見ながら
『いつかこういう風に動きたいなー。』
と思いながら補強していた。
        稽古２日目。
今日から先輩たちと同じように稽古をするとのことだった。
基本が始まる。
基本はオール３０本。
終わると立ったまま２分程黙想し、すぐに移動稽古に入った。
私は基本が終わった時点で青息吐息だったが、
とにかくついていかなければと必死に喰らいついた。
３０分間の移動が終わり、次はミット打ち。
当時はただがむしゃらに打つような感じで、打つのは勿論のこと、
先輩のミットを持っているだけでも相当疲れた。
特に前蹴りの時は辛く、当時６２～３ｋgと細かった私は
前蹴りのミット持ちになると増量しなければと思うのであった。
この後、細かったせいもあり、この前蹴りミット打ちで吹っ飛ばされ、
私は３回肋骨にヒビを入れられた。
畜生、と思っても悪いのは自分が細いからであり、
ただひたすら耐えるしかなかった。

基本・移動・ミット打ちと終わり、型・組手と続く。
型は師範代が１回動き、それを思い出しながら１つの型を
最低５回は続ける。
頭の中はもう混乱して何が何だか分からない。
そして休む間もなく組手に入る。
『とりあえず喧嘩のつもりで思い切り来い！』
と先輩に言われ突っ込んでいくとボロカスのようにやられる始末。
腹・下段を効かされ、足を引きずりながら帰路につく。
２日目なのに・・・と心の中で思う。
自宅に帰っても足が曲がらず、１階の和式トイレでは
用を足すことが出来ず、やっとの思いで２階の洋式にたどり着く。
先が思いやられたが、ここまでやられると逆に清々しくなってしまった（笑）
もうどうにでもなれ、やるだけやってやろうじゃねえか。
そんな気分だった。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　つづく


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    <title>１１月のお休み</title>
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    <published>2008-10-26T09:58:07Z</published>
    <updated>2008-10-26T10:02:05Z</updated>
    
    <summary>お休みのお知らせ</summary>
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        １日・・・太田
１５日・・・伊勢崎・太田
１８日・・・館林
        
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    <title>１０月のお休み</title>
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    <published>2008-10-04T05:37:04Z</published>
    <updated>2008-10-04T05:38:19Z</updated>
    
    <summary>お休みのお知らせ</summary>
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        １０月はありません
        
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    <title>９月のお休み</title>
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    <published>2008-09-19T13:31:42Z</published>
    <updated>2008-09-19T13:33:21Z</updated>
    
    <summary>お休みのお知らせ</summary>
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        ２０日・・・伊勢崎
２９日・・・大島
        
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    <title>私の２０世紀少年PART2</title>
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    <published>2008-09-16T14:28:02Z</published>
    <updated>2008-09-19T13:34:36Z</updated>
    
    <summary>館長日記プライベート編</summary>
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        前回の続き。
を書いたのですが、都合により
お蔵入りにさせて下さい。
もし気になる方がおりましたら、別でお話します。

私の２０世紀少年　
　　　　　　　　　　　　　　完
        
    </content>
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    <title>まさかの初老紳士</title>
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    <published>2008-09-13T16:36:38Z</published>
    <updated>2008-09-13T17:28:10Z</updated>
    
    <summary>館長日記プライベート編</summary>
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        この間、ロト６をたまには買ってみようと売場で考えていた時だ。
ふと横を見ると、５０代前半のスーツを着、
背筋の真っ直ぐな身なりの整ったおじさんが購入しようとしていた。
ちょっとした紳士っぽい人だった。
身長も結構ある。髪型も整っている。
その人が超低音の声で、
『この券を調べていただきたい。この中にどうも１等があるようだ。』
と言った。
私は
「えっ！？」
と思い、その初老紳士の方を見た。
紳士のその手にはロト６かミニロトの券っぽいものが何枚かあった。
受付のおばさんに券の束を渡す初老紳士。
おばさんは
『ちょっとドキドキしますね。』
と言いながらもその声は落ち着き払っている。
私はまさかロトの１等のわけがないので、ミニロトとかナンバーズ４とか
そういった類のものだろうと思いながらも、１等を目の当たりにしたことが
なかったので、興味津々横目で見つつ、聞き耳を立てていた。
おばさんが一枚一枚機会に券を入れている間、微動だにしない初老紳士。
私は横で一人ドキドキしていた。
一体いくら当たってるのだろう？初老紳士の持ってきた宝くじの種類が
何なのか分からない私は気になって仕方がなかった。
全部の券を入れ終わったおばさんが言った。

『ハズレです、全部。』

なに！？

初老紳士は
『やはりな。』
と一言言い、向きを変えて風の如く立ち去っていった。
私は暫し呆然としたが、少ししてようやく初老紳士のオヤジギャグだったと
いうことに気付いた。
なんなんだ、一体。
外見から絶対そんなことを言う風に見えなかったので
思い切り信じてしまった。
ドキドキしてしまった自分を恥じる。
しかしくだらないギャグをいうものだ。
受付のおばさんの落ち着き払った態度はこうした類のオヤジギャグに
慣れていたからなのだろう。
こんなこと言う人って多いのだろうか？
全くこれだからオヤジギャグは困る。
ギャグがホントか嘘か微妙で分からない。

私は気を取り直してロト６を購入した。
すでにもう当たる気はしてなかったが、一応購入した。

結果はいうまでもない。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　おわり


        
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    <title>私の２０世紀少年　－part１ー</title>
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    <published>2008-08-23T15:01:27Z</published>
    <updated>2008-09-09T03:46:47Z</updated>
    
    <summary>館長日記プライベート編</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://seishin-kai.com/">
        浦沢直樹原作の大ヒット漫画、『２０世紀少年』が公開された。
マンガは面白かったが、映画ははたしてどうか？
今回は２０世紀少年のノリで昔のある話を一つ・・・。
書き方は違いますが勿論実話です。

ー　１９８７年、夏。
まだまだ家の周りには原っぱがいっぱいあった時代。
夏休みに入った僕達は例によってその日も探検に出かけた。
セミの鳴き声がうるさい。
暑さで空気が揺らいでるように見える。
夏休みに入る前に僕達２人は秘密基地を作ることを約束していた。
今日はその秘密基地をどこに作るかを探す冒険なのだ。
いつも学校に行くのに使う裏山じゃつまらない。
行ったことのない場所を探してみよう、ということになった。
幸い、家から少し離れれば周りは森ばかり。
『木や小枝を折って小屋みたいな秘密基地作ろうぜ』
そう友人のカズと話していた。
『でも俺達だけじゃさすがに難しいだろ？』
私が言うと、カズは
『じゃあ、いつものあいつら呼ぶか？』
と言った。
あいつらとはいつも一緒に登下校するサッカー部の奴らの事だ。
俺達は１０人くらいで毎日学校まで通っていた。

『あいつら、ちゃんと作るかなぁ？』
俺が言うと
『まぁ邪魔になったら帰しちゃえばいいよ。手伝わせようぜ。』
と言ってカズは早速走って呼びに行ってしまった。
集合住宅地だから家同士は近い。なので戻ってくるまで
そんなに時間はかからないと思うが・・・。
呼びに行った奴らは小５や小４ばかり。
俺達小６の同級生を呼べば秘密基地作りもはかどるのにな。
俺は今日探検してみる予定の森の前で待つことにした。
座って待つ。
毎日暑いなぁ。夏休みの宿題は今日の分やっちゃったし、あとは
基地作るのにいい場所が見つかれば今日は最高だ。
正面を見れば、遠くに赤城山が見える。
町も見えた。
空が青い。
そのせいか雲が一層白く見える。
赤城山の上にモクモクの入道雲がある。
今日はまた夕立があるかもな。
昨日も夕方１時間くらい降った。
公園で野球をしていたところに降られた。
俺達の遊び時間に降るんじゃねえよ。
毎日そう思う。
カズはまだ戻ってこない。
あいつ、何やってんだよ。マラソン早いくせに！
カズはうちの小学校のマラソン大会では無敵だった。
『もしかして全部の家回ってるんかな？大体あいつらがいる家なんて
決まってるのに。ユキの家でファミコンしてるのがほとんどじゃん。』
俺達は普段激しく動いていたので、夏休みとかになると最初のうちは
普段出来ないファミコンをしまくっていた。
俺も帰ったら燃えろ！プロ野球でもやろ。
秘密基地も作るしファミコンも思いっきり出来るし、どんだけ遊んでも
明日も明後日もその次の日もずーっと休みなんて嬉しくて仕方がない。
顔がつい、にやついてしまう。
ホントににやついてたら、坂の向こうからカズが何人か引き連れて戻ってきた。
ようやく戻ってきやがった。
『おせーんだよ！』
俺が言うと
『黙れ。俺様のおかげでこれだけの人数が集まったんだぞ。感謝しなさい。』
とカズが言ってきた。
カズが連れてきたのはカズの弟・小４のスミ。同じく小４のラッシャー。
その兄貴の小６キム。小５のユキ。小６のブー、弟の小３ゴロー。
そして俺の弟リュウまで連れてきた。
これで全部で９人。
確かにこれなら基地が早く作れるかも。





        『どこ行くわけ？』
スミ（小４）がカズに聞いた。
『ここの中だよ。』
カズが目の前にある森を指さしながら言った。
『ここかぁ。ここ前に入ったよ。面白いの何もないよ』
ラッシャー（小４）も言った。
『ここさぁ、蔓（つる）もないからターザンも出来ないし、あんまり面白くねえよ』
スミとラッシャーは以前入ったことがあるようで、それは俺達２人の
当初の期待を裏切る内容だった。
『どうする？』
俺とカズは顔を見合わせた。
『それよりさぁ、あそこ行かない？』
黙って事の成り行きを聞いていたユキ（小５）がある場所を指差した。
それは入る予定だった森の北、上り坂を歩いて１０分ほど
かかる、俺達がずっと敬遠していた森だった。
何故敬遠していたか？
それは俺達にとって暗黙の了解だった。
プライドもあるから口には出さない。
しかし、みんなが何を思っているかは全員分かっている。
ズバリ、怖いのだ。
はっきり見たことはないが、何があるのかだけは地元の人間なら
大抵知っている。
俺達も無茶なことをしてきたけど、あそこだけは何故か近づく気に
なれなかった。
そんな場所なのに、ずっと敬遠してきたのに
禁断の一言をとうとうユキが言ってしまった。
『怖いの？』
ユキが言う。
『こえーわけねえだろ！！なぁ？』
カズが私に同意を求める。
『あー、怖いわけがないでしょ。俺達は行ってもいいけど、お前らが
本当に行けるのかよ！？』
俺がユキに聞いた。
ユキも意地っ張りなので
『全然行けるよ。じゃぁ、これから行こうぜ、みんなで。』
と言った。
『え～～～。』
ラッシャーが大声で拒否した。
リュウ（小３）やゴロー（小３）は口が挟めない。
『じゃあ、思い切って行こうよ』
今まで黙っていたキム（小６）が言った。
普段どちらかというとおとなしめなキムに言われちゃ
行かないわけにいかない。
『どうなっても知らねえよ』
ブー（小６）が敬遠する。
『ブーはいつでも一歩引くからな』
ユキ（小５）が言う。
カズが
『うるせえから行けばいいんじゃねえの？だったら早く行こうぜ。それに・・・』
ユキ『何だよ？』
『昼間じゃないとやばいっしょ？』
皆黙る。
確かにあんなとこ、夕方なんか絶対行けない。
『じゃあ早く行こうよ』
ラッシャーがせがむ。
俺も
『行くならとっとと行こうぜ。』
と皆を促す。
みんな妙な空気になりながらトボトボとそこへ向かって歩き出した。

その森の入口に着いた。
先はよく分からない。
ここで俺達は約束事を作った。
１、小さい奴らもいるのでふざけて急に逃げたりしない
２、単独行動は避ける（何が待ち受けているか分からないから）
３、妙な気配を感じたら小６が逃げろと大声で叫んで一目散に逃げる

というもの。
怖さが先行しているが、森といっても大きくはない。
森の向こうの方に大きな煙突が見える。
『あんなとこに煙突があるぜ』
俺が言うとみんな見上げた。
『何であんなとこに煙突があるんだろうね？』
皆不思議がる。
意味の分からない煙突は怖さを余計倍増させた。

獣道を歩き、中へと進む。
まだ俺達が歩いてきた道路から何十メートルも入ってない。
なのに何だ、この感覚は。

今から考えれば小学生だから行けたのだろう。
今の私だったら、あの感覚に見舞われた瞬間、絶対に進まない。
絶対戻る。

それでも中へ中へと進んでいく。
知らない間にみんなで体を寄せ合いながら歩いていた。
前方に何かが見えてきた。
あれがかの有名なものなんだな。
恐怖は頂点に達する。
５０mくらい先にいよいよ見えてきた。
俺達は一旦止まり、深呼吸する。
この先のカーブを曲がればもう目の前だ。
みんな黙って再び歩き出す。
蝉の鳴き声だけが耳に入る。
カーブを曲がる。
ここからは夏を忘れた。
寒い。
震えてるからじゃない。
ここだけ温度が違うのだ。
明らかに温度が違う。
俺は思った。
これ、やばいよ・・・。引き返した方がいいかも・・・。
みんなそう思ったはずだ。
想像以上。
大体何でこんなに寒いんだよ・・・・。
好奇心旺盛な子供心をも敬遠させる目の前のもの、それは・・・。

昭和初期に建てられた、廃墟となった木造の病院だったー。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　つづく
    </content>
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    <title>再燃！土方歳三</title>
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    <published>2008-08-13T13:24:05Z</published>
    <updated>2008-08-23T15:00:06Z</updated>
    
    <summary>館長日記プライベート編</summary>
    <author>
        <name>seishin-kai</name>
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    </author>
            <category term="館長日記　プライベート編" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://seishin-kai.com/">
        最近、マイブームで土方歳三がきた。
土方歳三とは幕末の京都を震撼させた新選組の副長である。
私は興味ある人物が出来ると、その人を徹底的に調べるのだが、
土方歳三に関しては２２～３才の時、興味があり調べる内に好きになった。
それ以来、二度目の土方ブームである。
私が好きになったきっかけは、土方を好きな人は必ず通るであろう、
司馬遼太郎の『燃えよ剣』である。
それまでヒールとして捉えられていた新選組、土方歳三らを
一転、男の生き様のある種手本となるような人物として
書き上げた名著である。
この間、私の本棚にあった燃えよ剣をたまたま手に取り、
少し読み返したらまたあの感動が甦ってきた。
そういえば私が土方に流行った頃、たまたま土方関連の本が
たくさん発売され、益々土方に魅了された覚えがある。

私は土方歳三の生き方が好きだ。
男とはこうであるべきだ、とさえ思ってしまう。
燃えよ剣の下巻には私の好きな文句が色々とある。
興味がある方は是非読んで頂きたい。

第１次ブームの時、私は東京日野にある土方歳三記念館に行った。
（ここは元々は土方歳三の生家で、
つい最近まで（平成２年頃）当時のままの家であったが、
区画整理か何かで仕方なく壊し、その跡地に新しく建て、
今は土方の末裔の方々が住んでいる。）
家の一角が小さな記念館になっており、
土方の使った様々な物が展示してあるが、中でも興味があったのが
土方の愛刀・和泉守兼定（いずみのかみかねさだ）が展示されているとの
ことだった。土方が死ぬ直前、市村鉄ノ介に写真と共に渡したとされている。
（この兼定には諸説あるらしい）
目の前にある和泉守兼定を見て、心が震えたのを覚えている。
--これで土方は戦ってきたのか・・・。
何とも言えない気持ちになった。
入口脇には生家から残した柱があり、その昔、土方は風呂上りにその柱に
相撲の鉄砲をよくしていたという。
また、その脇には土方が武士になりたい、という思いで植えた矢竹が
生えていた。
友人と行ったので写真を撮り、土方家付近の浅川の土手・土方の墓を回り
帰ってきた。
夕焼けが綺麗なのが印象的だった。
記念館が広くなったようなので、近々また行きたいと思っている。


『男の一生というものは、
美しさを作るためのものだ、自分の。そう信じている』
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　- 土方歳三





        
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    <title>８月７日　-ど忘れの内容-</title>
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    <published>2008-08-08T07:47:26Z</published>
    <updated>2008-08-15T07:33:12Z</updated>
    
    <summary>館長日記プライベート編</summary>
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        <name>seishin-kai</name>
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    </author>
            <category term="館長日記　プライベート編" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://seishin-kai.com/">
        最近、崖の上のポニョの公開が始まった。
私は普段、映画を見るのが好きなのだが、宮崎映画も一応目を通している。
その中では天空の城ラピュタが群を抜いて好きだ。
ナウシカは先日のＴＶ放映で初めて見た。
トトロは全部見たことが無い。
他のは大体見た。
しかし、やはり私はラピュタだ。
その影響もあってか、私は夏の入道雲が非常に好きだ。
いつまでも見ていたい時もある。
この間は、運転しながら思わず見とれてぶつかりそうになった。

ポニョが始まって宮崎映画を思い返した時もあったが、この間、
渋川に向かう道中、どうしても思い出せないことがあった。
何かと言うと、
崖の上のポニョの『崖』が出てこなかったのである。
何の上にいたか、どうしても思い出せない。
ＣＭ等で見たイメージしかないので情報は限られている。

『魚の上のポニョ』
・・・ちょっと違う気がする。もっと語呂が良かったはず。

『坂の上のポニョ』
・・・そうだ、確か漢字一文字で多分、ひらがな２文字くらいの気がする。

『玉の上のポニョ』
・・・これは違う。見た感が辺。

ポニョが何の上にいたのか、絶対思い出す！！
久しぶりに頭をフル回転させる。

『海の上のポニョ』
・・・・・・これの気がする。そういえば、海の上を走っているシーンがあった。
これだ！

私の中で９０％決定した。
これに違いない。
ただ一抹の不安がある。
それは『崖の上のポニョ』というフレーズだ。
崖か・・・。あれ？崖だった気もする。そんな気がしてきた。
でも・・・・崖の上にいたら危ないよな！やっぱり違う。

途中、崖というフレーズがが出てきたのだが、
危ないという理由で却下してしまった。
惜しかった！
そのまま海で決定した私は、海に疑う余地もなく、
渋川道場で皆に
『ところで君達。海の上のポニョはもう見たのかい！？』
と聞いてバカにされたのは言うまでもない。
『何それ？』
と、海だけに冷たい反応だった。（これもどうか）

崖を思い出せない一人の３０代男性の話でした。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　おしまい















        
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    <title>ラーメン山岡家の謎</title>
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    <published>2008-07-12T23:22:12Z</published>
    <updated>2008-07-13T13:21:40Z</updated>
    
    <summary>館長日記プライベート編</summary>
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        <name>seishin-kai</name>
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    </author>
            <category term="館長日記　プライベート編" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://seishin-kai.com/">
        ご存じのとおり（本当か！？）
私はラーメン好きである。
空手の次にラーメンが頭の中を支配している（本当ならヤバい）。
最近、群馬県内至る所に『山岡家』というラーメン店を見かける。
１～２度行ったことはあるが、結構好きなラーメンだ。
車で移動する事が多い私は最近山岡家を見かける頻度が多く
なってきており、山岡家の店舗を見かける度に
ある点に疑問を抱くようになっていった。
ズバリ、

『何故、中央分離帯がある道路沿いに店舗を設置している店が多い？？』

という点である。
４・６車線ある道路沿いで交通量が多い場所に店舗があるのは良いと思う。
だが、中央分離帯があったら逆側から来た車は入りたくても入れない。
いちいちＵターンしてまで、という利用者はやはり少ないだろう。
私が見かける店・店がいつも中央分離帯が存在する場所ばかりなのだ。
一体何故なのだ？
何故そこばかり狙うのだ？

私の中の山岡家の謎である・・・。

PS    中央分離帯のない店の目撃情報を求む。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　おしまい

        
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    <title>２００８　夏季昇段昇級審査会　－黒帯誕生－</title>
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    <published>2008-06-15T13:03:21Z</published>
    <updated>2008-07-11T02:21:49Z</updated>
    
    <summary>館長日記空手編</summary>
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    </author>
            <category term="館長日記　   空手編" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://seishin-kai.com/">
        ６月１５日、夏季昇段昇級審査会が行いました。
今回は通常より若干人数が少なかったのですが、
発足４年目にして初となる一般の昇段挑戦が行われました。
挑戦者は太田Ｉ・Ｓ君。
彼の昇段挑戦までを書き記したいと思います。

Ｉ君と私の出会いは誠真会発足前、私が指導していた道場でした。
私といつも一緒に稽古していたＳ・Ｈさんの紹介で入門してきたのが
Ｉ君でした。
Ｓさんは整骨・整体等の仕事をしているのですがそのＳさん曰く、
『自分が今まで見てきた人間の中で体が１番硬い』
とのことでした（笑）。
入門当初のＩ君はそんな印象を壊さない、見事な強度を保っていました。
その強度は悪魔将軍並みだと思います。
何しろ準備運動で前屈をしようと足を前に揃えると後ろに倒れてしまったり、
中段を蹴ろうとしてひっくり返ったりしたことがあったものです。
（自分の限界を超えた高さを蹴ろうとすると安定がなくなり
転倒しそうになるあれです）
あの時は未来永劫Ｉ君が上段を蹴れることはないだろうと思ったものです。
そんなＩ君でしたが、生来の真面目な性格もあって着実に力を付けていき、
関東錬成大会初級重量級でベスト８に入るなど、
実績も残すようになってきました。
元々野球を初め、スキーやボード、ゴルフなど実は何でも出来る
Ｉ君ですから当然と言えば当然かも知れません。
        そんな中、私の独立・誠真会発足に伴い、来てくれたのが先程前述した
Ｓさんであり、Ｉ君でした。

その後しばらくして、Ｓさん他何人かが仕事柄稽古に来れない日々が続き、
太田は私とＩ君の２人での稽古が多くなりました。
当時Ｉ君は黄帯だったでしょうか。稽古後２人でＩ君の昇段は何年先かを
計算してみました。
順当にいって約２年半先と出ました。
『道のりは長いな～。下手したら３～４年かかりますね。』
とＩ君が言っていたのを昨日のことのように思い出します・・・。

２人だけでの稽古が続いていました。
２人だけで寂しさもあるが、この今の状態を逆手にとってＩ君専用の・
Ｉ君の持つ体の特徴を生かし・欠点を是正する稽古をすることにしました。
私はＩ君と話し合い、Ｉ君の希望もあって、
上段回し蹴りを蹴れるようになる稽古を課すことにしました。
Ｉ君は
『蹴れるようになるのでしょうか？』
と不安もあったようですが、私は体の使い方を変えれば蹴れるという
確信があったのでＩ君に言いました。
『まずは言われたとおりに稽古してくれ。一切疑問を持たないで
やってみて。疑問を持つと自己流に走るから。Ｉ君が上段蹴れるように
なったら他の人は年齢・体の言い訳出来なくなるぞ。行く末指導する時が
来た時も自分の体を通して言えるので説得力も出てくるし。』
それからというもの上段の為のメニューを作り、稽古する日々が続きました。

ここで上段の為、と言いましたが私の考え方はどんな動きも体の使い方は
一緒だと思っているので、特別変わったことはしていません。
ここでは何をやらせたかはあえて書きませんが・・・。

そして３ヶ月が過ぎた頃には見事上段を蹴れるようになっていました。
言われた事をとにかく全うしようとする彼の性格が自身を変えて
いったのでしょう。

その後もしばらくマンツーマンでの稽古が続いていきました。
その頃のＩ君からの年賀状には毎年、
『一般部が増えることを祈ってます』
と付け加えてありました（笑）。
Ｉ君の願いが通じてか、ＮさんやＨさん方が
稽古に参加してくれるようになり、
２人だけの稽古の日々は幕を閉じました。
ＴやＡ同様、Ｉ君とは苦楽を共にしてきました。今振り返って考えると、
よくぞ一人で頑張ってくれたと心から感謝しています。
Ｉ君は大会やその場限りの強さを追う、という姿勢で
稽古をしているのではなく、
これから先、年齢を重ねても動ける体作り・体の使い方を学ぶという
考えだったので、地道にしかし着実に体を変化させていくことが
出来たのだと思います。


審査では一般部初の昇段審査ということで、本人も相当緊張していたと
思います。
審査前の最終稽古では今までにない緊張感が彼を支配していました。
動きがカチカチに硬く、心配になったほどです。
審査前に私が、私とＩ君が大変お世話になっているＨ接骨院のＨ院長先生に
治療してもらった時も、Ｈ院長先生が
『昨日Ｓ介が来ましたが、顔が真っ青でしたよ。』
とおっしゃっていたので、審査前に倒れやしないかと不安になりました。

当日まで体調を崩さないよう忠告し、いよいよ審査当日を迎えました。
ただＩ君には稽古の時から、今回の昇段は厳しいぞと話をしておきました。
なぜなら今回の昇段は過去２回とは違い、夏にやるということ。
体力の消耗度が激しいことは想像出来たので、暑さに負けない
集中力の維持が審査の合否を決める要因になると思っていました。
気を抜いたら型で潰れる可能性が高いな、と。
しかし、そんな心配をよそに審査では良い意味で開き直ったのか、
堅実な動きを見せてくれました。
懸念だった型も突破し、いよいよ１０人組手となった時、
私も一人更衣室で道着に着替えながら
『Ｉ君もとうとうここまで来たんだなぁ・・・』
と感慨深くなったものです。

１０人組手開始前、私はＩ君に
『ここまできて受けを意識しすぎるなよ。最後まで手を出して攻め続けろ。』
と話しました。
Ｉ君も黙って頷いていました。
１０人組手は技よりも心、魂でやり切るものだと思いますし、
こちらも計算など無い、必死の姿を最後に見せてもらいたい。
今までの空手人生の中で、１番苦しい出来事が昇段審査であり
１０人組手だったと言えるような、そんな力の限りを尽くした体験を
是非してもらいたいのです。

彼は実直な男であり、やれと言ったら必ずやる男です。
肉体改造の為、歩けと言われれば毎日歩き、
肉を断て、と言われれば口に入れず、こうだと教えれば
その通りやる、そういう男です。
彼の１０人組手はどうだったか？
彼は最後の最後まで攻撃し続けました。肉体改造してきたとはいえ、
彼の骨格・筋肉はまだまだダメージを分散しにくい体にもかかわらず、
抵抗し続けました。
意識が薄らぐ中でも言われたことをやり通そうとする
必死な姿がそこにはありました。
何故、私がそう言えるか。
それは私のよく知っている普段の彼の組手スタイルとは全く違うからです。
Ｉ君を叩きながら、Ｉ君を蹴りながら彼の想いを強く感じることが出来ました。

１０人組手完遂ー。
ここに誠真会４人目となる黒帯が誕生しました。

共に歩んできた５年１ヶ月。
決して楽な道のりではなかったと思います。
お互い色々な事があった５年間でした。
苦楽を共にした５年間、
それは私達の関係を揺るぎないものへと固めた時間でもありました。

審査終了後、更衣室でＩ君と二人きりになった時、
Ｉ君はボソッと私に言いました。
『今日から本当の空手道が始まるんですよね。』と。
『そうだ。』
と私も答えました。
私達は同じ方向を向いている。
そう改めて感じた瞬間でした。

私もＩ君も歩くことはやめない。
私達はこれからも共に歩き続ける。
ゴールはないが、それでも共に歩き続ける。

Ｉ君、昇段おめでとう！押忍！！



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    <title>審査会について</title>
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    <published>2008-06-08T09:48:48Z</published>
    <updated>2008-06-11T08:05:38Z</updated>
    
    <summary>館長日記空手編</summary>
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    </author>
            <category term="館長日記　   空手編" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://seishin-kai.com/">
        また審査会の時期がやってまいりました。
今回、受審出来ない方々がかなりおります。
ですが、落ち込まないで下さい。
皆さんの実力・頑張りを否定しているわけではありません。
皆さんの頑張りは素晴らしいです。
私がキツイ事を言っても、耐え忍び、
必死で稽古している姿は頭が下がります。
受審を飛ばした理由は人それぞれですが、やる気・態度・実力に難があると
いうよりは、皆さんも帯が上がってきたので今一度、
空手を始めた頃の気持ちを思い出してもらい、審査の為・大会の為の空手
ではなく、空手を生活に反映させる為に礼節を含め、この辺でもう一度
原点に返って空手を考えていただきたく、このようにした次第です。
そうして次の３ヶ月を稽古してもらえれば、また新たな空手観・
更なる実力の飛躍、といったものが期待出来ると思うのです。
空手を通じて何を学ぶのか・身に付けるのか？
私が最近厳しくさせていただいているのは、稽古する事が少し
なあなあになってやしないか、頑張っているが自身を高める向上意欲が
若干薄れてやしないか、という思いがあるからです。
皆さんの今後を考えれば、
ここで私の目線を緩ませるわけにはいかないですし、
黄・緑帯も増えてきましたから、ここから先は私の目線もより厳しく
なっていくので、原点回帰し、昨日より今日、今日より明日、といった感じで
頑張っていきましょう！
空手技術も求められる所が高くなりますから、その分目線を上げてもらい、
頑張りましょう！
最後に私の尊敬している土光敏夫さんの言葉を。
私が空手をやる上でいつも頭に入れている言葉です。

『活力＝知力×（意力＋体力＋速力）』
＊意力・・・やる気　　速力・・・時宜を逸しない行動力

『正しきものは強くあれ』

皆さんを指導しつつ、私も勉強させていただいてます。
当然私もまだまだですので、お互い頑張りましょう。
お互いに高め合いましょう。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　押忍

        
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    <title>第１４回全日本青少年大会　祝！第３位</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://seishin-kai.com/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=124" title="第１４回全日本青少年大会　祝！第３位" />
    <id>tag:seishin-kai.com,2008://1.124</id>
    
    <published>2008-05-06T11:42:08Z</published>
    <updated>2008-05-06T13:50:10Z</updated>
    
    <summary>館長日記空手編</summary>
    <author>
        <name>seishin-kai</name>
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    </author>
            <category term="館長日記　   空手編" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://seishin-kai.com/">
        先日、全日本青少年大会に参加してきました。
今回の出場者は１０名。
今大会での特筆すべき点といえば、何といっても渋川Ｋ・Ｍ君の
３位入賞でしょう！
早くからこの大会を視野に入れ、
厳しい稽古を積み重ねてきた証だと思います。
一回戦では去年の優勝者から上段で技ありを奪い勝利し、
そのままの勢いで一気に駆け上がっていきました。
個人的にはもう一つ上までいってもおかしくなかったと思いますが、
それは来年までとっておきましょう。
ただ、そうした喜びの一方、大きな反省点がよく見えた大会でも
あったと思います。
単刀直入に言えば、覇気が無かった選手が
多かったのではないでしょうか？
何のために全日本に出たのか？
記念に・思い出作りにですか？
勝負に対しては必ず勝つ！という強い気持ちを持って臨むべきですし、
本気で勝とうとして精一杯戦った結果、負けてもそれは今後につながると
思います。
ですが本気で勝つ気を持って戦った選手が
少なかったのではないでしょうか。
経験を積む場としての位置付けですが、もう少し覇気を持って
臨まなければ経験として何も残らない気がするのです。
勝敗にこだわってるわけではなく、折角の大舞台なのだから
もっともっと頑張って戦わないと勿体ない。
勿論素晴らしい戦いをした選手もいます。
去年３位の太田Ｎ・Ｔも今回は負けましたが、
壇上に上がった時・礼をする時の声の大きさ。
広い体育館に響き渡るのでは、というほどの大声で
礼節をしていました。
見ていて清々しかったです。
Ｔだって大変緊張するタイプの人間です。ですがそうして大声で入り、
果敢に最後まで攻め続けました。
館林Ｎ・Ｋも一回り体格の違う相手に歯を食いしばり攻撃し続けました。
緊張・体格差・経験・・・関係ありません。
本人の試合に対する思いの差だと思います。
体格差を言い訳にするなら渋川Ｋ・Ｍの相手なんか差があり過ぎて
勝てるわけがありません。
しかしＭの負けた相手はＭよりはるかに小さい選手でした。
技術も勿論ですが、気持ちが強いのでしょう。
要は根性でしょう。

        根性論ではなく、いくら技術を身に付けても
それを使いこなせるだけの精神がついてなければ
力を発揮出来ないわけです。
試合前に恐怖や緊張と戦って、別の言い方をすれば自分の弱い気持ちに
自分で打ち克って試合に臨まなければいけないのです。
この部分の経験がその子を大きく成長させると思って試合に出させて
いるわけです。
３月の全日本・今回ではこの部分で完全に自分に負けてる子が大半でした。
ですから試合に勝つうんぬんまで気持ちがたどり着けてないので、
試合で覇気がないのだと思います。
この辺を私達や以前の方々は
『もっと根性出せ！』
と言っていたわけですよね。
度胸とでも言うのか・・・。

出場した選手はＮ・ＴとＮ・Ｋの試合ぶりを思い返すべきでしょう。
Ｔに関しては、個人的には大会にまでたどり着いたこと・試合場に上がった
ことだけでも凄いことだと思います。
（勿論勝つ為のそれまでの稽古量・気持ちも凄かったですが）
私を含め、誰も彼の真似は出来ないと思います。

今回出場した選手の皆さんは人一倍稽古量の多い人達です。
試合に臨む姿勢が変われば結果に大きく返ってきます。
これだけ稽古している皆さんなら絶対やれます。
私も猛省しております。
道場生は私の写し鏡です。
選手・道場生の改善点は私自身の改善点だと思っております。

試合に関しては道場全体の方向性が大会重視に傾くことはないですが、
今後試合クラス等を作り、試合に対しての意識付けを高めたいと
思っております。

選手の皆さんの気持ちは理解しているつもりです。
どういう思いで試合場に上がったかもよく分かります。
私もそうだったからこそ、皆さんには乗り越えていってほしいのです。
今の時期に自分に打ち克つ作業をしていれば、今後の人生に大いに
役立つと思うのです。
今大会では自分の弱い部分が良く見えたと思います。
辛いことですが、その弱い自分と向き合ってその自分を消せるよう
稽古していきましょう。
私も空手で大きく学んだことは、弱い自分を見つめることが出来るように
なったことでした。
そういう観点からすれば、今大会も貴重な経験の場になったと
言えるのはないでしょうか。

大会にあたり、参加した選手の皆さん・保護者の皆様・応援に駆けつけて
下さった皆さん、お疲れ様でした。ありがとうございました。



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